NHK特報首都圏「“ひとり”が怖い」
NHKの特報首都圏「“ひとり”が怖い」(4月23日(金)19:30)という番組を見ました。
ひとりでは学食に入れないという若者が増えている。なかにはトイレで食事をすませる学生もいる。背景には、周囲から友だちがいないさびしい人間だと思われたくない心理が働いている。専門家は、携帯メールで24時間常に維持される友人関係が、自己肯定感の大部分を占めるようになったと分析。大学では、友だち以外の分野で自分の居場所を持てるように、さまざまな取り組みを始めている。“ひとり”が怖いという若者の姿を伝える。
「カウンセラーズカフェ」というサービスを学生相談室が提供していて、昼食を学生相談室のカウンセラーと一緒に取れるようにしていました。中学校のスクールカウンセラーとして仕事をしていて、10年ぐらい前は「自由来室活動」という活動に力を入れていたことを思い出しました。
昼休みとか休み時間に、相談室を開放して、誰でも相談ではなく遊びに来てかまわない、という場面を設定していました。たくさんの中学生がやってきて、一緒におしゃべりをしたり、くつろいだりするという感じで、活動していました。もちろん、カウンセリングや相談も大切ですが、それ以前に、人と人がごく自然に関わるおしゃべりの体験が大切だと感じていました。最近では、スクールカウンセラーの学校での勤務時間が限られてしまって、そういう活動に時間を割くことができなくなってしまいました。良いとか悪いとか言うことではなくて、大学生になっても、そういうニーズがあるということですね。
NPOで大学生を支援している人が出てきてしゃべっていましたが、大学のことを「学校」と言っていたのが、印象的でした。私には、大学は「学校」ではありませんでした。私にとって「学校」という言葉は、小学校、中学校、あるいは「自動車学校」のように、何かを教えてもらう場所です。「大学」は、教えてもらう場ではなく、自分で学ぶ場なので、「学校」ではないような感覚です。今の大学生たちにとっては、大学は『おしえてもらう場』なんだなぁと、しみじみ感じました。
また、友達との携帯電話のメールの返信は、できる限り早くしないといけないという話が出ていました。一般に、コミュニケーションの中では、言語的な側面だけではなく、非言語的な側面が重要です。特に、人と人がコミュニケーションをする際の満足度や手応えは、非言語的なコミュニケーションからもたらされるように思います。しかし、携帯メールのやり取りでは、非言語的なコミュニケーションは、非常に限られています。メールの中に、絵文字などを使ったりもしますが、限界は多いですし、絵文字は何度も使っているうちにただの文字と同じ程度の意味合いになってしまうでしょう。そうすると、携帯メールのやり取りで残っている非言語的な要素は、反応の早さです。携帯メールでしっかりと人と関わっている感じを相互に大切にするのならば、反応を早くするしかないのでしょう。
全体的な印象ですが、やっぱり、人と人は、面と向かっておしゃべりをするような体験が日々の中で非常に大切だと言うことを再確認しました。
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