江戸川区の児童虐待死亡事件についての検証報告
しつこいようですが、江戸川区の児童虐待死亡事件についての検証報告について、書きたいと思います。
「1 子どもの命を守ることを最優先とした安全確認」という項目には、
児童本人が被虐待を訴えている場合は、センター職員が、児童に直接話を聞き、状況把握を行う。ハイリスク家庭と認識した場合には、家庭訪問を行い、児童の状況を目視により安全確認し、いざというときは、躊躇することなく、児童相談所や警察と協力して迅速な対応を行う。
とあります。一応きちんとしたことが書かれているようですが、実際上、ほとんど、意味をなさない文章です。
例えば、「危険な場合には、安全を確保する。」という文章があったとします。これは、ごく当たり前のことで、言うまでもないことなのです。言い換えれば「安全でない場合には、安全を確保する」ということで、ごく当たり前のことだと言えます。
検証報告書に戻ります。「ハイリスク家庭」ということは、子どもが安全ではないと言うことです。つまり、上に引用した文章は「子どもが安全ではない場合には、安全を確認して、安全を確保する。」ということです。ごく常識として誰にでも既に分かっていることです。他にも、例えば「状況の変化に応じて、見直しを行い、支援方針を決定する。」などと、一見、重要な指摘をしているようでいて、少し考えるとごく当たり前すぎるため、大した意味を持たない文章が散見されます。状況が変化すれば、見直しをして、方針を変更・決定するのは、どんな場合でもごく常識的に行われていることです。
大切なことは、「子どもが安全ではない場合には、安全を確認して、安全を確保する。」といったごく常識的なことが、なぜ、この事例において、実行されなかったのかということです。まず、その点について具体的な事実関係を明らかにすることが必要です。さらに、その具体的な事実関係に基づいて、具体的な提言を行うことです。せっかく検証作業を行っているのですから、ぜひ実効性のある提言を行っていただきたいと思います。
なお、厚生労働省のホームページには、
「児童虐待防止対策・DV防止対策」
→「児童虐待防止対策」
→「法令・指針類」
→「地方公共団体における児童虐待による死亡事例等の検証について」
として、検証報告書について検討されおります。その指摘の概要は以下のとおりです。
(http://www.mhlw.go.jp/houdou/2009/07/dl/h0714-1c.pdfより引用。)
個別ヒアリング調査の結果~検証に関するもの~
ヒアリングを実施した結果、一部に次のような事例がみられた。
1.検証に関する基本的な考え方
○ 亡くなった子どもの視点に立って行うという基本的な考
え方が報告書等に活かされていない。
2.検証委員会の運営
○ 検証の進行が事務局主導となっている。
3.委員構成
○ 的確な検証を行うための委員構成となっていない。
4.検証の対象
○ 都道府県又は市町村が関与していた虐待による死亡事
例であっても検証が行われていない。
(心中以外の事例の実施数29例(39.7%))
5.検証の実施
○ 事例と個々の職員の関わりが十分見えてこない。
○ 必要な情報がないまま検証が行われている。
6.報告書及び提言
○ 事実の把握、発生原因の分析等が不十分であり、
再発防止のための提言について、
具体的な対策の提言となっていない。
7.公表
○ プライバシーの保護に配慮するあまり、事例について、
その内容、問題点、課題等が議論されたのか報告書の
記載からは不明な状態となっている。
8.報告書の作成までの期間
○ 時間的な制約の中で不十分な検証結果に終わっている。
また、「地方公共団体における児童虐待による死亡事例等の検証について(雇児総発第0314002号平成20年3月14日)」という通知が出されていて、によってどのように検証が行われるべきか書かれています。それによると、
2 実施主体
都道府県(指定都市・児童相談所設置市を含む。以下同じ。)が実施することとし、検証の対象となった事例に関係する市町村は当該検証作業に参加・協力するものとする。なお、児童相談所、市町村(要保護児童対策地域協議会)その他の機関が独自に検証を行うことも望ましい。
ということです。
また
9 児童相談所又は市町村等による検証
(1)検証の対象となった事例に直接関係する児童相談所や市町村等は、当該検証作業に参加、協力するものとするが、児童相談所、市町村(要保護児童対策地域協議会)その他の関係機関がそれぞれの再発防止策を検討する観点から独自に検証を実施することも重要である。
(2)児童相談所や市町村等が実施する検証は、事例に直接関係していた当事者間による内部検証であり、事例を通じて自己点検を行い、機関内における再発防止策を検討したり、都道府県の検証結果を受けて具体的に実施すべき改善策を検討したりするものであることから、第三者による外部検証を念頭に置いた検証とは性質を異にするものであるが、7の検証方法等については、その趣旨に沿って、検証が実施されるのが望ましい。
となっています。
つまり、区が検証するのは、自主的に行うものであって、望ましいということです。検証方法については、内部での検証であって、第三者による外部検証を念頭に置いた都道府県による検証とは違うと言うことです。 従って、検証することそのものは良いことだと言えますが、都道府県が行う検証と同じ程度の検証を期待することは難しいかもしれません。一方、事件から学び、今後に活かすためには、実行可能な具体的な方法論にしていかなければならないと思います。区の検証報告書を一つの入り口にして、具体的でより良い方法を考えていかなくてはならないと思います。
スクールカウンセラーとして、仕事をしておりますので、検証報告書に書かれている学校の対策について、指摘しておきます。
学校の対策については3点指摘されています。
1 「子どもの命は自分が守るんだ」という使命感をもち、子どもや保護者の理解を深める
子どもや保護者ときめ細やかに対応し、一人ひとりの理解を深める。「児童虐待」の正しい理解と対応方法についての共通認識を図るため、区主催の研修、管理職が自ら先頭にたった校内研修会を開催し、「児童虐待」の早期発見・早期対応に全力を尽くす。
2 校内体制の再構築を図る
「生活指導連絡会」や「朝の打ち合わせ」など、情報の共有化を行えるよう
組織的な校内体制の再構築を図る。担任一人で抱え込まず、養護教諭・スクールカウンセラー・学校医と連携し
た有効な相談体制をつくり、専門家の目でも見るようにする。学級の子どもだけではなく、学校全体の子どもの名前を知り、朝の挨拶や廊下ですれ違った時などに「○○さん・・・」と声をかけるようにしていく。
3 多くの目で子どもを見るためのネットワークを深める
学校が中核となり、PTA・学校評議員、民生・児童委員、学校医等の地域ネットワークを活用し、子どもの見守り体制、支援体制を強化する。学校が日ごろから、子どもに関する情報を、地域のネットワークに発信し、相互の信頼関係を深め、協力・連携体制を強化する。「聞いていない」という関係機関がないよう、学校だけで抱え込まず、情報提供を行う。その際、重要なリスク要因は何か確認し、見逃されることのないよう共通認識をもたなければならない。親が虐待を自覚しているか、繰り返さない決意を確認できているかは重要であるが、再発や重篤化のリスク評価に直接結びつくものではなく、むしろ自己弁護のために口にすることが多いことを肝に銘じて、リスクアセスメントは事実に基づき行われるよう徹底していく。
「『児童虐待』の早期発見・早期対応に全力を尽くす。」という表現は問題だと思います。表現としては、最大限の表現ですが、本当に、学校が児童虐待の対応に全力を尽くすのでしょうか? 学校は、虐待防止・対応のための機関ではないので、全力を尽くすのは、合理的ではありません。きちんとそれぞれの機関がそれぞれの役割を認識して、役割分担を行い、連携すべきです。「全力を尽くす」ことよりも、具体的な役割分担と連携を行うべきです。
学校にできることは、たくさんありますが、2つだけ指摘しておきます。
一つ目は、虐待を発見することです。そして虐待の疑いに気づいた場合には、速やかに関係機関と連携をとるべきです。二つ目は、子どもが助けを必要とするときに学校に助けを求められるように、子どもと信頼関係を構築することです。学校の教職員は、子どもにとっては家族以外の身近な大人です。家族以外の身近な大人は、学校の先生だけという子どももいることでしょう。つまり、子どもが助けを必要としているきには、学校こそ、それに応えられる可能性が高いのです。児童相談所や家庭児童支援センターなどの機関にはなかなかできないことです。学校は、そういう大きな可能性を持っています。
しかし、この検証報告書には、この二つ目の視点からの指摘が全くありません。これは本当に悲しいことです。前の記事に書いたように、消しゴムを学校に取りに来たときには、学校に助けを求めていたのかもしれません。学校では、目の前に子どもがいるのです。連携する前に、目の前の子どもにきちんと関わり、「助けが必要なときには、学校に助けを求めるんだよ」と全ての子どもに伝えてほしいと思います。「いざとなれば学校に助けを求めればいいんだ」と、子どもたちが思ってくれるとしたら、それだけで、どれほど、心の支えになることでしょうか。
虐待などのリスクを学校が感じたときには、きちんと子どもに関わり、子どもとしっかりとした信頼関係を築くことが必要です。その上で、助けを求めるための具体的方法について子どもと話し合うことが必要です。学校に助けを求めて構わないことを強調するべきですし、実際に電話をかけさせたり、その場で、即興のロールプレイをやって、学校に電話をする練習をしても良いかもしれません。宿題で提出するノートに、「『相談があります』と書いてね」とか、「先生に、相談したいときには、宿題のノートの右隅に星印をかいてね」とか、いろいろと具体的に子どもにも実行可能な方法を分かりやすく伝える必要があると思います。ただ単に、相談してほしいと言うだけではなくて、具体的な相談方法を細かく伝えることが必要です。
また、他の方法も具体的に教えるべきです。リスクが高い場合には、テレフォンカードや小銭と一緒に児童相談所などのホットラインや学校の番号のメモをビニール袋に入れて、家の外で人に見つかりにくい場所に隠しておくように勧めることも必要かもしれません。また、交番などに助けを求めても良い事を、さりげなく、あるいは、強調して伝えておいても良いと思います。たとえば「駅にコンビニがあるでしょ、あの隣に交番があるの知ってる? あの交番のお巡りさんは、○○さんっていって、優しいお巡りさんなんだよ。交番のお巡りさんは、犯人を捕まえるだけじゃなくて、困ったことがあったりしたときに、相談にのったり、この小学校の近くの人たちの安全を守るのが仕事なんだよ。だから、困ったことは何でも相談に行って良いんだって。お巡りさんは、いろんなことを知ってて、きちんと、どんな風にしたらいいか教えてくれるからね。」などという感じでしょうか。
また、家で大変なことがおきたときには、学校へ逃げてくるように教えるべきです。学校が開いてないときは、具体的な場所を指定して(子ども110番の家になっているコンビニとか)、そこから学校や担任に連絡してもらうように教えるべきでしょう。さらに、逃げることは悪いことではなく、むしろ非常に素晴らしい行動であること、逃げることによって、家族を守り自分も守るとができること、を伝えることも大切でしょう。
こういったことは、子どもが、家族からの虐待を否定しても、きちんと伝えておくことが必要だと思います。私は原則的にそうしています。
「○○君は、さっき、お家では大変なことはおきていないって言ってたよね。ちょっと、安心・・? でも、まだ、そう聞いても、先生は実は心配してます。心配のしすぎかな? どうだろう・・・。でも、誰でもそうだけど、お家で大変なことがおきたり、苦しいことがおきたりすることはね、あるんだよね。誰にでも、そういうことがあるかもしれないねぇ・・・。そんな時は、どうしたらいい? ・・・・。そうそう。先生もそうだけど、困ったときには、いつでもそう、誰かに助けてもらうのがいいんだよね。人は、いつでも誰でも、助け合って生きてるからね。大人でも子どもでも、先生も助け合って生きてるんだよ。助けを求めることは、とっても大切なことなんだ。お家で困ったときには、学校とか先生に助けを求めるんだよ。もちろん、お家じゃなくても、あなたが困ったとき、苦しいとき、助けてほしいときには学校とか先生に助けを求めるんだよ。」などと、話します。
念のために書いておきますが、子どもが学校に助けを求めて来たとしたら、それは有り難いことです。しかし、学校だけで子どもを助けることはできません。学校以外の機関や人々の力を借りつつ、子どもを助けることが大切です。
文部科学省が「児童虐待防止と学校」という研修教材を作成してホームページで公開しています。それは、こちらから。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1280054.htm