心理臨床の専門性
ある日、テレビがつけっぱなしになっていて、「あの海が見たい」というようなCM(だと思う)が聞こえてきました。その事をきっかけに、色々と自分の中で、考えるところがありました。
余命の宣告を受けていて病院に入院している人が、「あの海が見たい」という願いを語ったとします。この人やこの人の願いにどんなふうに関わろうとするのか、ということを通して心理臨床の専門性がはっきり分かるような気がしました。
心理臨床的なアプローチ(の中核)では、その人に現実の「あの海」を見させようとすることはあまり考えないように思いました。心理臨床家が現実の「あの海」を見させようと活動することは、その人の現実の人間関係の中で、その事を果たすべき人からその役割を奪ってしまう可能性があることを、心理臨床的なアプローチでは危惧すると思います。
それよりも大切なことですが、心理臨床的なアプローチの中核は、その人のそばに居させてもらって、「あの海」について、その人からお話を聞かせてもらうということにあるように思います。
心理臨床的な世界観では、「あの海」は、現実に存在する物理的な「○○海岸」とか名前の付いている海ではなく、その人の個人的な体験や記憶に根ざした「あの海」だと考えるように思います。なので、その人から「あの海」について、たくさんお話を聞かせていただいて、その人の記憶や体験を教えてもらい、「あの海」についてのその人の感覚やイメージを共有させてもらうということこそ大切なことだと考えるのではないかと思います。
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コメント
はじめまして。
ブログの記事を興味深く拝見しました。
「共有」は、人間関係において、とても大切なものなのだなあと感じました。
投稿: たけ | 2009年3月18日 (水) 00時48分
たけさん
コメントありがとうございます。
最近ずっと共有について考えていました。記事では共有という言葉を一度しか使っていませんが、たけさんがコメントに、「共有」について触れてくれたのが、驚きでしたが、嬉しくもありました。
投稿: いちぼん | 2009年3月19日 (木) 23時54分