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2008年4月

2008年4月 8日 (火)

何を見つけることができるか

「確かな存在」という記事にコメントをいただきました。コメントありがとうございます。

私たちが持っている時間は限りがあります。スクールカウンセラーの勤務時間が少ないということだけではなくて、私たちはいつか死んでしまう存在ですので、私たちが持っている時間には必ず限りがあります。限りがある資源を有効に使うには、資源を使う先をよく考えないといけないですね。だから、今生じていることのなかで、何に関わっていけるのか、何に関わっていきたいのか、ということがすごく大切だと思います。

しかし、何かを見つけることができなければ、それに関わっていくことはできないのです。だから、何を見つけることができるかということが、すごく大切なことのように思います。

価値あるものを一つひとつ見つけていきたいものです。

余談ですが、
見つけていないものに、きちんと関わることができることもあるように思います。それは、私の場合、大いなる自然を連想します。余計な意図や人為がない自然がそこに生きているのでしょう。無為自然、(タオ(道)…?)ですね。しかし、それはある境地に達した名人の業でしょう。私は小さな工夫を積み重ねていたいように思います。

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闘病の甲斐なく

若くして病に倒れ、亡くなられたある歌手についてのドキュメンタリーが放送されていました。
そのドキュメンタリーの最後の部分で「闘病の甲斐なく、○○歳で亡くなられました」とナレーションがありました。

この言葉に、さびしい気持ちになりました。

確かに、亡くなったことは悲しいし、悔しいし、たとえようのない気持ちがするでしょう。
しかし、闘病の意味がなかったかのように表現することは、余計に悲しい気がします。
亡くなったことは悲しいのですが、闘病によって少しでも多くの時間を共有することができたわけです。
「闘病の甲斐なく亡くなった」と言われると、共有できたその時間そのものの価値がないように言われてしまったような気がします。

私は、「闘病の甲斐があった、おかげで、大切な時間を共有できた。」と言いたいし、言ってほしいように思います。


最終的には、全ての人は、死んでしまいます。死んでしまうから生きてきたことが意味がないわけではなく、生きてきた時間に意味があり・価値があるように思います。私たちは必ず死んでしまうのですが、全ての闘病、そして明日も生きていこうとする小さな努力は、必ず甲斐があるのです。

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2008年4月 6日 (日)

ライラの冒険

ライラの冒険を見てきました。
なかなかおもしろかったですね。

オフィシャルサイトには
ダイモン占いやアレシオメーターがあって、楽しめます。

占いの結果、私のダイモンは、「テナガザル」だそうです。
ブログシールを貼ってしまいました。

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